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COFFEE & GALLERY SALON " you " COFFEE ROASTER " in " 自家焙煎珈琲店 国分寺(陽)&青梅(陰) Since 2006
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水曜日の夜。

週に一度、二時間だけ灯りの点る珈琲店がある。

青梅という片田舎の街の、T字の交差点のまさに角に
確かにその店はある。
確かにと言うのは、確かにあるのに見えない人には
全く見えない番地だからだ。

配達の人が新しく代わると決まって
「あの~、今近くにいるんですけど、どちらでしょう?」
と店の真ん前から電話をかけて寄こすのだ。
それくらい見えない。
でも一度見えてしまえば、もう迷いようがないほど
それは確かに存在する。

出来るだけ照明を暗くした開店前の空間には、
焼き甘栗のような焙煎香に混じって振り子時計のカチコチした音が響いている。
39型のアラジンブルーフレームの上では、
アンティークケトルの琺瑯がピン、キンと跳ねた声で鳴いている。

夜22時。
着古したLEEのデニムシャツを着た小山のようなマスターが
いそいそと引き戸の掛け金を外した。
日中焙煎しながら聴いていた忌野清志郎のレコードの針を上げ、
絞ったボリュームでスローテンポのインストゥルメンタルCDに切り替えると、
珈琲店の空気が震えだす。

一時間経っても誰も来る気配はない。
窓や扉の擦りガラスにぼんやり映る、赤や青の信号のチカチカに、
時折ヘッドライトの白や黄色が反射して
キラキラと輝いては消えてゆく。

マスターは別段焦るでもなくカウンターの中に沈みこみ
腕組みをして目を閉じたり、レコードプレイヤーの上に積まれた小説を
おもむろに開いたりしている。
時々お客さんが本を置いてゆくのだ。
今夜の本は、ぬか床のお話し。

この店はお客さんが置いてゆくモノゴトの集積で出来ている。
銅でできたカエルの置き物やストーブも、何故か壁に飾られた自転車も。
時には思い出や哀しみも。

時計の針が23時を10分回ろうとする頃、
入口の擦りガラスに映る定まらない大きな影が
キラキラしながらだんだん収束し、
はっきりとした輪郭を伴った一個の黒い塊になった。

「あぁ、Mくんだな」
影を見ただけで、だいたいもうそれが誰だか分かってしまうのだ。
マスターはぬか床の話しをレコードプレイヤーの上に滑らすと
スッと立ち上がり客を迎える姿勢になる。
ガラガラッと扉が開くと、少し寒そうに猫背気味にした
青いダウンジャケットの男性が入って来る。

「こんばんは~」
マスターは警戒心の外れた挨拶をかけながら、
角の二人席の電傘スイッチをパチリと入れた。

「どーも~、あれっ?珍しいっすね。誰もいないんですか?」
男性はキョロキョロしながらも、店の奥のカウンターへ
まるで自分の部屋に入ったかのような自然な物腰で近づいていく。

マスターは冷蔵庫から水差しを取りだすと
「この時間、この街の珈琲店に客が一人でも来るってのが、
そもそも奇跡的に珍しいんですって。Mさんが来てくれるだけ有難いです」
と笑いながら青いグラスに7分目まで水を注いだ。

「ハハッ確かに・・・う~ん」とMくんは少し納得のいかないような苦笑を浮かべ
席に着いた。
Mくんはいつもこの街とこの珈琲店の未来を憂いているのだ。

カウンターにコッと小さな音をたてて青いグラスが置かれると、間髪入れずに
「メキシコを」とMくんが言う。
Mくんは10年近くこの店へ通っている。
当時はまだ20代の青年だった彼も、今では立派に中年に片足を踏み入れている。
それでもMくんとマスターは10年前と何一つ変わらず
未来を憂う若者と、うだつの上がらない珈琲マンといった風に、
ここでの時は止まっている。

厨房奥のコンロのツマミを、ガチンッガチンッと騒々しく捻ると、
外輪と内輪にボボッと点されたオレンジに、
柳宗理のヤカンが銀色を揺らめかす。

珈琲の時間のはじまりだ。

儀式めいて酷く経済破綻した一杯のメキシコが入る頃、
扉のガラスには少し小柄な影が二つ、重なりながら近づいてきた。
マスターもMくんもその影の主を知っていて、
至極当然に顔をそちらに向けている。

ガラガラ。
「こんばんは~」と四人は声を合わせる。

黒ぶち眼鏡をかけたイタリア風のダンディーな紳士が
「寒いね~!」と思いのほかチャーミングに手をスリスリしながら
ストーブに手をかざすと、連れ合いの、これまた眼鏡をかけた
ショートボブの女性も
「ふふっ、寒いですね」と穏やかなフルートみたいな声でささやいた。
彼らもまるで昨日もここにいたみたいに、四人掛けのテーブル席に
ふぅっと収まった。

「今日はペルーで」
と女性が厳かに言うと、男性はまだ寒そうに
「ア、アズーロ?」
とフレンチブルドックがご主人の機嫌を伺うような
クリクリした上目遣いの疑問符つきで、いつもの苦めのブレンドを注文した。

女性のSさんは毎日まったく寝る暇もなく激務をこなしているらしいのだが、
そうは見えない落ち着いて凛としたオーラを何時も纏っている。
男性のHさんは作家だ。
一般に言う大人の男という生き物からは、
かけ離れたイメージのものを作っている。
実際にソレを手に取ってみると、実はとても大人な雰囲気で、
老若男女を幸せにする不思議な力を秘めた、甘過ぎない造形物なのだけど。

悲劇的に原価率を無視した贅沢なペルーが入ったころ、
また扉にはぼんやり影が現れた。
まだ影が輪郭を顕す前に皆一目でそれが何者か分かっているようだ。

Hさんが「遠くからでもすぐ分かるネッ」と可笑しそうにクスクスしている。

ガラガラッと扉が開くと、
シマウマのタテガミをショッキングピンクに染めたような頭をした男性が、
メタリックな鋲を沢山打った革ジャンでギシギシ歩きながら
ロボットみたいにポソリとキノコ柄の手提げを入口近くのテーブルに乗せ、
「さっみ~!!」とストーブに当たって立っている。

皆暫くニコニコして彼を見ていると、ちょっと肩をビクッとさせて
「どしたのっ!?」と自分へ注がれた全員の眼差しにドギマギしている。

Hさんが「Tくん今日はまたずいぶん綺麗に立ってるね~。影ですぐ分かった」
と言うと、

「あ、あぁっ今日展示の帰りでっ。そのまま来ちゃったから」と
パンキッシュなモヒカンに似つかわしくない照れ笑いでTさんは答えた。

Tさんもまた作家なのだ。
Tさんはどういう訳か、光るキノコのランプばかりしか作らない。
世の中には珈琲ばかりしか淹れられない男や、
営業ばかりしかしない営業マンなんかザラにいるのだから
キノコランプばかり作ったっていいようなものだけど、
初めて彼に会う人は

「なんでキノコなんですか?」とか
「何故キノコランプしか作らないんですか?」

なんて質問をしてしまうものだから、彼をちょっと困らせてしまうのだ。

一つのことさえ満足に出来ない人や、何がしたいのかさえ分からない人も
多いのだから、ひとつでも追いかけるものがあることは、
それが何であれそれだけで素晴らしいのだ。
もちろん一つも満足に出来ることがなくても、何がしたいのか分からなくたって
それはそれで、何でもやれる素敵な可能性を秘めている。
ようは、否定からは何も生まれないということだ。

気の毒なくらい心血を注いで淹れたアズーロを
マスターがのっそりHさんに持って行くと、
Tさんが

「ネジくん、モカでっ」と声をかけた。

「モカで・・・」
ネジくんと呼ばれた顎ヒゲ帽子の店主は静かに復唱すると厨房の中へ戻って、
また悲痛なほど神経質にエチオピアモカを計りはじめた。

ガラガラッ。
「こんばんは~」

23時半を過ぎるころには、そこらじゅうが

「ここにいるしあわせ」で満席になっていた。

世間とは一寸ズレたような世界で、水曜日のねじは今日も巻かれている。
その店の名は

「ねじまき雲」

という。


 

週に一度だけの唯一無二の2時間が、
10年目にして、
8日間だけ毎日8時間半開くのです。

外間宏政氏テディベア作成20周年記念展

「ここにいるしあわせ」

ねじまき雲開業10周年を記念して開催決定。


*この物語と登場人物はすべてフィクションではありません。
当然この告知もフィクションではありません。

ブログをご覧いただいている貴方も、
物語の続きを紡ぐ登場人物になりに12月末の
テディベア展にお越しになりませんか?







 







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うちの陰が14歳。
陽は9歳。
何のお店になるのか陰を送迎しながら
ワクワクしながら気にしてたのが10年前なんですね。
ココがあったから、私は青梅に住んでいる気がします。
仕事でなかなか夜行けないけど、先日は楽しかった。
味をシメテしまったデス。また行きます。
(*^^*) 2016/12/10(Sat)23:03:59 編集
(*^^*)さまへ
コメント有難うございます。

陰と陽(笑)。確かに陽は陽くんですね。
陰ちゃんはもう14かぁ~。
長年有難うございます。いろいろありましたね~。
先日はいい夜でした。有難うございました。
今後とも宜しくお願いいたします。
珈琲好きの陰ちゃんにも宜しくです。




ネジ 2016/12/12(Mon)19:56:44 編集
無題
ずっと前から気になっていて、
しばらく前にFacebookでこの記事が紹介されていて、さらに気になっていました。
今日やっと行けて、しかもHさんともお会いできて嬉しかったです。
Ambho 2016/12/27(Tue)20:49:36 編集
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40
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性別:
男性
誕生日:
1977/03/05
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自家焙煎珈琲店
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写真・自転車
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