忍者ブログ
COFFEE & GALLERY SALON " you " COFFEE ROASTER " in " 自家焙煎珈琲店 国分寺(陽)&青梅(陰) Since 2006
[1]  [2]  [3]  [4]  [5]  [6

茶柱が立ったためしがない。

立ったからどうということはないのだけど、
縁起のいい気持ちにはなれるのかもしれない。

それと同じ類いで、長年追い求めていた現象というのがある。
なんて言うと大げさに聞こえるけど、
私にとっては毎回真剣勝負なのである。

自分で言うのもなんだが、あまり運のいい質ではない

もしその現象が起こったのならそれは、
茶柱どころではなくラッキーだと思っていた。
確率的にどちらが高いかは解らないけど、
数十年お目にかかったことがないので、どっこいどっこいなのだろう。


これである。

 

しらすのなかのたこ。


ついに。ついに!
ある日突然この、しらすたこ現象が私にももたらされた。
聞くには聞くがこれほど出逢わないと、もはや都市伝説かと思っていたが
どうやら本当だったらしい。
わざと感すら漂う桜色のたこ。
パッと目の前が明るくなった気がした。

右も左も同じような雑踏に紛れた異質のマイノリティは、
探し求めていた人にとっては、明かりになり得るのかもしれない。

とは言い過ぎだけど、
普段から幸が薄いと普通の人には下らないことでも
感動もひとしおでお得だ。

しらすのなかのたこのような我が店を
見つけてご愛顧くださる方々には、いつも感謝の念に堪えない。

国分寺のお店は青梅と違って
お客様との「会話」は極力抑えるスタンス。
珈琲と空間と文字、互いの佇まいから感じ取る「対話」のみが
コミュニケーション手段となっている。
別に心を閉ざしているわけではない。

もちろん会話を交わすお客様もいらっしゃるのだが、
こちらの間合いを越えて斬り込まれない限り
あまり詳しく何をしている何者なのか詮索することはない。

言葉を介在させない間柄にも関わらず
足しげく、あるいは数か月に一度くらい
通って下さるお気持ちが本当にあり難い。

最近、そういう方々が
別れのご挨拶にお越しくださることが多くなった。
春は別れのシーズンなのだ。
卒業や転勤に移住。
理由は様々だが、そこで初めて少しだけその方を知る。
切なくも嬉しい瞬間だ。

わざわざ一珈琲店を最後に訪ねて下さる。
そういう存在になれていたのだなぁという嬉しさと、
その方が次にどういう土地でどのように暮らすのかを知ると
ワクワクもする。

当店としてはただでさえ少ない来客の中の
さらに数少ない良いお客さんが減ってしまうので
ワクワクしてばかりいられないのだけれども
知れた方が世界中に散っていくと思うと、なんだか楽しい。

もしかしたら、最後まで言葉ではお伝えにならず
ひっそりと心の中で別れを告げにいらっしゃって下さる方も
いるのかもしれないな、とも思う。
見なくなったお客様の、珈琲を飲む後ろ姿をふと思い出し
あの人どうしているかな?と突然想うこともある。

皆さま、
行った先々の街でまた
しらすのたこのようなお店を
見つけられるといいですね。

たこだけに、どうかご多幸を。
お元気で・・・

声なき言葉を、ここに託します。




おまけ。
たこより確率は高いが、さらに近頃こんなのが・・・。



お分かりだろうか?
拡大してみよう。



うわっ!?なんだこりゃ?
エビの他に謎のエイリアンの子供が!!
ゾエアかしら?

まぁ探すと世の中いろんなヤツが紛れ込んでいるもんです。
いろいろあって楽しいと認めてさえいれば、争いは起こらない。

ラブ・アンド・ピース。

・・・それにしても
最近こんなことで運を使い果たしてしまっている気がするなぁ~トホホ。





















PR




いくらを作った。

久しぶりに。

去年までの過去数年を除いて、
シーズンになると毎年いくらを作っていた。

一子相伝、伝家のというほどではないが、父から教わり
家を出てからは作り続けている。

秋口になるとそわそわして、魚売り場をまだかまだかと覗きながら
生すじこの登場を待ちわびる。
よく付属のタレも付いていたりするのだが、どうにも受けつけない。

こどもの頃、上京したその日に都心の高級寿司店のいくらを吐き出して
父を冷や冷やさせた思い出がある。
私には、ドロッと甘く生臭い塩ッ気が、
いくらの姿をした別人に感じたのだろう。
「コッチのいくらはコウなんだ」
という父の小声が耳に残った。

慣れ親しんだ北の味付けが、一番しっくり身体に馴染む。





今年の出来はまずまずだ。
小ぶりだが、プリッとして醤油の旨みといくら本来の甘味を湛えたルビーが
ハラッと歯切れよく口中で弾けると、鼻腔いっぱいに幸せの海を運ぶ。

いくらは買うより自分で仕込むほうが
安くて美味しく贅沢できるのだ。
食べに食べると、イクラなんでも贅沢をし過ぎたなぁと罰当たりな
ダジャレを言いたくなる。
来年は、お隣り「加藤けんぴ店」さんhttp://www.kato-kenpi.com/
「炊きたて握りたておにぎりを食べる会」で
皆様にお裾分けするのもいいかもしれないが、素人仕込みの生もの。
何かあっても責任は取れないので誓約書を書いていただかないと・・・。


大阪人のたこ焼き。
広島人のお好み焼き。
秋田人のきりたんぽ。

「魔女は血で飛ぶ」なんて台詞のアニメがあったが、
それぞれ地域の血が作る、絶対譲れない領域がある。

故郷を離れて何十年経とうとも
ソウルフードというものは、
生まれた「地」の記憶を宿した
大切にしたいファクター。






















「あぁぁ・・・」となったり
「ほぉ~・・・」となったり
「ふぅむ・・・」となったり


するのです。

毎回毎回。

そこに記された心を読むと。



どんな着飾った素敵な文章よりも、
ロマンチックな小説の一節よりも、
如何にも有難そうな啓発本よりも、

私にとっては輝いて見える
その人が感じた「真」。

当店と同じ建物には訪問介護「ことり」さんがあります。

そちらを運営されているご夫婦が日々の思ったことを
綴っていらっしゃるブログが、
とてもとても
いいのです。

「ことりの日々」http://kotori-kaigo.blogspot.jp/

そこには生があり死があり老いがあり喜びがあり日々があります。





ことりさんご夫婦は
国分寺の街のあれこれも楽しんで、
その喜びを皆とシェアするような活動もしておられます。
最近は、介護の仕事が終わった後
事務所の灯りが遅くまで点いていることが多くなりました。

11月19日(土)20日(日)開催される国分寺のイベント
「ぶんぶんウォーク」http://bunbunwalk.com/の会議をなさっているようです。

日々お忙しいのに偉いなぁ、と思うのですが
それら総てを、忙しいのではなく、
楽しいからやられているというのが
これまた頭が下がるところです。

事務所にはぶんぶんウォークや、今月末に当店も絡ませていただくイベントに備え
彼らのもう一つの活動である「空の家」http://www.soranoie.org/
のバードハウス創りの材料が沢山積まれておりました。


 
スタッフも募集していたりします。
私も珈琲業で忙しくなければ彼らと働きたいくらいなのですが・・・。
おっと、いけませんね。さっそく忙しさを理由にしては(笑)。

まぁ、とにかく彼らのブログを遡って目を通してみてください。

お二人の文才が、しみじみといいんだな~。

なんだかわからないけど有名な本とか
流行りの小説やエッセーにも
ひけはとらないと思うのです。

意外と隣人にこそ、
耳を傾けるべき生きた言葉と気づきは
あるのではないでしょうか。









根も葉もない

という言葉がある。

根も葉もなくて花は咲かないので、
「デタラメであり得ない」ということだ。

根掘り葉掘りなんていうのもある。

根は根ざすもの。
葉は光を得るもの。
それぞれ栄養をうる重要な役割がある。

ねじまき雲はデタラメな店だから何があってもおかしくない。
根も葉もないような良い噂も悪い噂だって時には耳にする。

だからといって動じはしない。

何故なら根や葉はなくとも、
何かを決め始めるという種を蒔いたのは
自分なのだから。
受ける刃は根も葉もなくとも、自分を守ろうとする刃では対峙せず
受けながし、それを逆手にとって
誰にも分からないうちに変化させればよい。

災い転じて福と成す。

これすなわち兵法における活人剣の極意「転(まろばし)」に通ず。

負の力も、使いようでプラスに転じることもある。
転は時として他人の目には映らず、言わねばそうとは気づかないこともある。
時間はかかるかもしれないけど自分だけではなく
他のマインドへ変化の兆しを働きかけることだってできる。

サマータイムもその一環だったわけだが
どうやら成功したようだ。
毎回うまくいくとは限らないのだけど。

そうやって受け流しながら、
蒔いた種から自分だけの根と葉を張ってゆけば良い。

花を咲かすという目的地が一つであったとしても
行き方は多様でいい。

力で戦って消耗するより、争わぬ愛をもって
戦わないという戦い方もある。


そうそう、話しは変わるが
日々お客様からいろいろとねじまき雲を形作るような頂きものをする。

可愛らしい飴ちゃんだったり、
コケムシの化石や自転車の振れ取り台。
ピーマンみたいなししとうや、自主制作のカセットテープ。
食べかけの貴重な羊羹だったり、
ホワイトソース里芋のおにぎりや
素敵な壊れた万華鏡のネックレスなどなど。

常に心の片隅に当店のことを置いて想ってくださり
本当に有難うございます。嬉しいなぁ~。

先日ある方から玉葱のようなものを授かった。
光も水も土もなく花をつけるというフランス原産の球根だという。

置いておいてもしばらくは誰も目に留めなかったが
ここ数日突如メキメキと芽を伸ばしいくつもの花をつけた。



 
驚異の生命力と、異形の美。
根も葉もなくても花を咲かす植物があるとは驚きだ。
まさにデタラメ。

しかし二年目からは土に植えねば花は咲かないそうで、
根や葉がなくても花がつけられるのは
見えないところで、この球根になるまで知恵と年月をかけ育てた
農家さんあってのことだ。


10月は結婚式シーズン。
いくつもの幸せの花が咲くことと思います。

皆様おめでとうございます。
仕事柄なかなか友人の結婚パーティーにも出ることが
かないませんが、ごめんなさい。そしておめでとう。

花は咲かせるまでも、咲かせたあとも
育て続けることで、次の花へと実を結びます。

私たちに関わってくださる皆様方が
どうか、末永くお幸せでありますように。

そう祈りながら、今日も一杯の珈琲を
淹れよう。

もちろん自分自身も
幸せであれますように願いをこめて(笑)。




お隣りの「加藤けんぴ店」さんには
一斗缶が置いてあります。
なんだろう?と思っていたら
お米を育てているんだそう。

私たちが普段食べている米の一粒からも
こうしてちゃんと発芽して苗が出来るんですから大したもんです。
米の一粒の生命、無駄にはできませんね。

秋にはこの穂から採れた米でおにぎりが食べれたらいいね
なんて笑って加藤さんとお話ししました。

さて、その加藤けんぴ店さん



明日5月29日日曜日11:00~17:00

加藤けんぴ展「新茶とおにぎりと甘いもの」


というイベントをお店でなさいます。

日本茶インストラクター柿沼氏をお迎えし

お茶とおにぎり、お茶と柏餅など

セット販売の(追加は単品も可)ご提供があるそうです。
先週末はプレイベントをなさっていたので
私も数種類日本茶をいただきましたが
今までの日本茶感がくつがえるような
芳醇な香りと甘みのお茶たちでした。

柿沼さんはお茶のことを質問すると
何でも快く丁寧にお答えくださいます。
身近なようで実はあまりよく知らない日本茶のこと。
知る機会にもなりますね。

なかなかお目にかかれないお茶とおにぎりを
セットでほおばれる幸せ。
街道沿いのベンチに座って食べれば
まるで峠の茶屋のような雰囲気です。

おにぎりの新作「新しょうがと炒りごまの玄米おにぎり」も
お目見えだそうで、香ばしいごまと甘みのあるお米、
それに香り豊かなお茶を思い浮かべるだけで
もう間違いなく美味しいと条件反射で涎が出てしまいます。

お取り置きのご予約もできるみたいですので

詳しくは

「加藤けんぴ店」ブログhttp://www.kato-kenpi.com/

5月17日と26日の記事をご覧の上
お出かけなさってはいかがでしょう。


















 




「あまり目立ちたがらないアーティストがほしかったみたいで・・・」

昨日、会話の中で彼はそんなことを言っていた。
そういう自覚もあるということなのだろう。

だが、決して彼は目立っていないわけではない。
表面上の見てくれで、目立っていないだけだ。

こつこつこつこつ、積み重ねてきたものが内側から輝くから
人の心に、見た目以上の何かを刻むのだろう。


田中彰「樹について」

三菱一号館美術館 歴史資料室 入場無料http://mimt.jp/museum/history/

2016年 3月4日~5月22日



田中彰氏は武蔵野美術大学をお出になられ
ご活躍なさっていおられるアーティストです。

お聞き覚えの方もいらっしゃる名かもしれません。

当店にて昨年おこなわれましたイベント「スープの時間」に
出汁レシピの版画制作でご参加くださったのが
タナショーこと田中彰氏です。

田中さんはもともと「スープの時間」を共同開催した
「いずん堂」さんhttp://izundou.exblog.jp/の常連客でした。

学生時代から、大学からほど近い「いずん堂」さんでカフェタイムを過ごし、
オーナー門野夫妻と親交を深め
プライベート、作品制作の両面において、
栄養を得ていたようです。

そして彼は
「アートアワードトーキョー丸の内2015」において
三菱地所賞を受賞。
その他数々の賞を得、この度の展示へと歩を進めたのです。




 


告知誌面の紹介に彼の言葉が載っている。

「樹の表面は世界に触れているが樹の内側が本当はどうなっているのか、
切り開いてみるまで知ることはできない。断面を切ったらそこには、
樹の周りで起きた出来事の記憶や情景が描かれているかもしれない」


田中彰氏は「いずん堂」さんとの親交は厚いが、
当店が彼に何か特別良く尽くしたわけではない。
それなのに彼は、事あるごとに、無い時間を縫って
当店にも遠方から足を運んでくれている。
昨日も、限界でボロボロの身体を引きずって。

綺麗に着飾った上辺だけの言葉や、大げさなパフォーマンス
過剰な自意識は彼にはない。

表に出ない地味でも誠実な積み重ねは、
見ている人は見ているものだ。

年輪を積み重ねた人が作ったものは、
表にも、内側にも、現れるスゴミがある。

この展示は期間が長いので、私にも見れるチャンスがありそうだ。

私も、足を運ぼうと思う。

樹について、学ばせていただきに行こう。


*現在「いずん堂」さんでは、田中彰氏を祝して
氏の作品販売を少量おこなっておられるそうです。
詳しくは「いずん堂」さんのブログをご覧ください。







 

暖冬暖冬と気を緩めていたら、断続的大寒波が半端ない。
家の窓からは隙間風が入りすこぶる寒い。
今まではエアパッキンを貼って凌いでいたが
風でカサカサ音がするたび「昭和枯れすすき」が頭で流れるのである。
数年発起し昨年末、内窓を取りつけ「脱・枯れすすき」工事を行った。


 

親切な古道具屋さんが分けて下さった古い窓枠の割れたガラス箇所に
別のガラスを移植していく。
便利なもので、擦りガラスシートというものがホームセンターに売っているので
透明なガラスにはそれを貼ると、すべて不透明な窓にできる。





仮り組した材をはめてみる。
隙間から光が漏れているのでこれを埋めねばならない。
がしかし、ここまで一日の突貫工事だったので
無理が祟って腰をひどく痛めるアクシデントが発生。
何事も無理はいけないのである。
そうして更に年末にはバイクが壊れ途方に暮れるのであった。





いろいろあってテンションも落ち、年をまたいでしまったがめげず作業を再開。
網付き換気口も取付け、夏場の換気もできるようにする。





マスキングをしてペンキを塗る。


 

枠はオイルステンで家の色に合わせると、同化して違和感がなくなる。





隙間埋め材で極力隙間を埋め、完成。
この二重窓の優秀なのは
カーテンレールの隙間と、下に敷いたコンパネに留めることで
建物に穴をあけていない点である。
賃貸でも、これなら傷を付けずにリフォーム可能だ。

隙間風も入らず窓からの冷気がかなり防げた。
オンボロロ~ではあるが、これでようやく「昭和かれすすき」から
「石狩挽歌」くらいの力強さは得れたのではなかろうか。

これでどんな寒波もへっちゃらだいっ!!

と思った矢先、先日の重い大雪で、ついに青梅の屋根が壊れ

雨漏り

あーあ~ああああ~♫ ああ~あああああ~
んんんん~んんんん~ ん、んん~ん ん~んんん~♪
ハらららら~ららら~ららら~ら ららーらら~♬
んんんん~

これはもうボクがどうにかできるレベルではないわけで・・・。
この東京砂漠、自営で生きていくっていうのは大変なわけで・・・。

今、頭の中は「昭和枯れすすき」から、
途方もなく静かに「北の国から」が流れているのでありました。

年が暮れても明けても、試練のなかった年はないなぁ~。
珈琲屋をやめない限り、楽はないのか。

今日も夕方から日本列島は大荒れの予報である。
特に西日本の方は要注意だそうなのだが、
そんな中、当店常連さんであるテディベア作家

外間宏政氏http://tdpb-hokama-h.com/

が、なんと山口県は俵山にある

「ロバの本屋」さんhttp://www.roba-books.com/

に出張展示しているのである。

展示の減るこの季節にあえて山口の山奥に出向き、吹雪の展示とは。
震えるほどの面白さである。
お金と暇があれば駆けつけたい気持ちをぐっと堪えて、
今回は当店、豆のみ展示用に送らせていただきました。





気合いを入れて古いDMや新聞やお菓子のパッケージを
切り抜いて地道にのりでペタペタコラージュ。
窓工事でひっかけて殺生してしまったミントもついでにコラージュ。

BLEND「R&B(ロバ・アンド・ベア)」

ロバの本屋さんに卸しているマンデリン深煎り50%と
外間さんのお好きなブレンドに使用しているメキシコの深煎り50%を
ミックスした特別仕立て。
こっくり苦めで雪見珈琲にはぴったり。
思わず窓辺の雪景色を見ながら

「ほ、ほたるぅ・・・」

と呟いてしまうことでしょう。

この「冬ごもりの手仕事」展
外間さんとねじまき雲のほかに

当店もお世話になっている
「昵懇」さんhttp://jiccon.com/
からはジャムや焼き菓子が。

「Picnika」さんhttp://picnika.net/
からは東欧の古道具と手仕事が。

それぞれ集っております。


ちなみに先ほどアップされたロバの本屋さんのブログは


「雪、降り出しました。

冬タイヤじゃない方は無理して来ない方がいいです。」


・・・今日は、遭難を避けるため行くのはやめたほうが賢明でしょう。
晴れた日には是非、足をお運びいただきたい展示です。

送った豆、なんとか売れますように!!
詳細は「ロバの本屋」さんのブログをご参照のほど
http://www.roba-books.com/category/05memo

それより当面は自分とこの屋根の心配をせねば・・・。

いや!へこむのは、屋根だけで充分だ!
人生は、リズム・アンド・ブルース!!
前を向いて、心はアップテンポに変えてゆけばいい。


「A CHANGE IS GONNA COME」

BY サム・クック

いつか必ず変化は訪れる。


*本日は東京も雪の予報が出ております。
無理な外出はお避けくださいますようお願いいたします。
どうか温かくしてお過ごしください。











要らない箱なら世の中に沢山溢れているのだが、



気に入った箱を探すとなると、



これがなかなかに無いものなのだ。





家でプリンター用紙の所在がなく、ずっと置き場に難儀していたのだが
良い箱が手に入った。
未草(ヒツジグサ)http://hitsujigusa.com/小林さん手作りの箱で、
外貼りも泥染めで薄っすら品のいいベージュの古色をつける凝りようだ。
これがなんとA4サイズがすっぽり入る。

二つ購入して重ねて置くと、これがなかなかにおさまりが良かった。
箱は一つより二つのほうが、意図的な感じが空間に出て見栄えがするものなのだ。
三つだと尚いいのだが、お金が無いのでまたの機会の楽しみに
取っておくことにした。

そうそう、未草さんではこの間イベントで
トコロブレンドスプリングを販売下さっていたのだが、
そのイベントでスプリングは一応の終売となった。
最後の最後のスプリングを二袋、先日焙煎したので
締めとして特別にねじまき雲(陽)のトコロカフェ棚に並べた。

次は苦めのブレンド、トコロブレンドサマーである。
この週末にチクテベーカリーさんhttp://www.cicoute-bakery.com/
イベントで初売りとなる。
詳しくはトコロカフェさんhttp://tocoro-cafe.com/nikki.html
ブログをご確認のこと。

話しが飛んでしまったが、箱のことである。

箱を眺めてウットリとしていたら、
ずっと気になっていたもう一つの箱のことを思い出した。

ティッシュボックス。

さて、プリンター用紙が片付いたから次はティッシュボックスを
何とかしよう。
というわけなのだがこのティッシュボックスが、
これまたどうして巷には丁度良いものが
見つからないのだ。

ならば、

無いのなら、作ってしまえホトトギス。

である。




 


というわけで、
今回はジーンズの紙パッチ素材をリメイクして作ってみた。
あらかた作り終えてボンドで仮止めをしているところ。








ボンドが乾いたら、このフォークみたいな菱目打ちで
糸通しの穴を開けていく。
実は、うちには革工房が開けそうなくらい、この手の道具がある。

常連さんの知り合いが革工房を閉めたらしく、
それを常連さんづてに譲り受けたのだった。
私自身にもどういうわけか革作家の知人が多いので
ちょこちょこと教えて頂くうちに、見よう聞き真似で
やり方を覚えることが出来た。
持つべきものはなんとやら。
有難いことである。




 

開けた穴にムギュッムギュッと糸を通していく。
この作業がとても地道で飽きる人は飽きると思うのだが、
これが私にとっては、精神が凪いだ海のように地平の彼方へ広がるが如く
とてつもなく落ち着く作業なのだ。
焙煎しているときの心持ちと幾分似ている。
つくづく自分は作業向きの内向き人間なのだなと思い知らされる。








完成である。
わりとうまく出来た気がする。
きっと使い込むうちによれていい風合いになってくれるのではなかろうか。

しかし今回ティッシュボックスを作ってみて解かったことが一つある。
何故いかしたティッシュボックスが世の中に無いのかだ。

それは、ティッシュを入れる以外に使い道がない
オンリーワンの箱である上
手間がかかるわりにコレクター要素が乏し過ぎて需要が無い。
作り手が作りたくなくなるからなのである。

皆欲しいには違いないアイテムだが、
そうそう家に何十か所もティッシュを置いたり
とっかえひっかえ着替えさせて愛でる人はいないのだ。
ひと歩きひとクシャミくらいする最強最悪の鼻炎さんならともかく
ティッシュボックスなど
一部屋に一個か二個あれば充分。


箱にも
いっぱい欲しい箱と、そうでもない箱があるのだ。

それにしても私は「そうでもない箱」というものの存在に
得も言われぬ魅力を感じてしまうドMフェチ体質でもあるようだ。
要りもしない、世に不要なものを欲しくなってしまう。



お店のことも「箱」などと言うことがある。

ねじまき雲は、びっくり箱のような
オンリーワンの飛び道具を収めた箱かもしれない。
箱の大きさも、中身と分相応な大きさな気もする。
あまり沢山あってもしょうがないもののような気もするので
世の中に一個が二個でいいあたりも
何かに似ている気がする。

あぁ・・・ティッシュボックスか。。。


使い道はあまりないけれど、汚れた何かや吐き出した何かを
綺麗に拭き取ることが出来る中身と、それを入れる箱。

需要は無いけど、重要な役割である。




さて、次はどんな箱を手に入れようか?














ものごころつく前は、私はマンガショーなるものになりたがっていたと
大人になってから母が教えてくれた。

このことは前にもブログで書いた気がする。

漫画商だろうか?漫画Showなのだろうか?
いずれにしても、タイムマシンで過去の自分に問うしか
正解を知る方法はあるまい。

私はその夢のマンガショーにはならなかったのだが、
国分寺にお店を開いてからは、土地柄
どうやら漫画家やアシスタントの方、アニメーターの方も
お越しいただいているようだ。

国分寺店ではいちいちお客様に話しかけないので
どんな方がお越しなのかはわからないのだが
たまたま会話からお仕事の内容を知れることもある。

その中の一人に「栗原まもる」さんとおっしゃる方がいる。
少女漫画家だそうで、活動歴も当店なんかよりずっと長い。

いろいろお話しを伺うと漫画家業というのは
華やかならず、非常に地道で大変なものなのだということが分かる。
アノ漫画家やアノ作品など、漫画家ならではの裏話しも伺えるので、
へ~!!ほぉ~!!と非常に興味深い。

珈琲屋もファッション業界もおおむね同じで、
一見表は華やかに見えても、本当に華やかなのはごく一部。
裏方や大多数は、細かい作業の繰り返しや
予算との折り合いをつけたり、段ボールまみれだったりと
大変地道かつ地味なものなのだ。

さて、その栗原さん。

この度、発売された画像の新刊を当店に御寄贈くださった。
このような丁寧なサイン本をいただくことはそうそうないので
嬉しい。
有難うございました。


こちらはノンフィクションである。


「お前らの可愛いところなんていくらでも」

というタイトル。

長いので略して

「おまかわ」

と言うらしい。


この題名だけ見てもなんの漫画かはわからない。
最近はこの「なんたらかんたらのなんとかをまだ知らない」
略して「〇〇△▢」というような
漫画やアニメが多くなった気がする。

かくして栗原さんの新刊は猫漫画である。

美人漫画家の日常、私生活が赤裸々に語られており
そこに家族の一員としてやってきた猫たちとの
猫ライフがつづられている。
お前らとは猫のことである。

猫好きなら、うんうん!そうそう!と頷くほっこりだったり
失笑なエピソードも満載である。
是非、書店などにてお買い求めください。

と、漫画を見ながら書いていたら我が家の愛猫に会いたくなってきたので
明日実家に帰ろう。そうしよう。

マンガショーが何なのかは分からないのだが、
漫画をやっている人やアニメをやっている人ともっと知り合えたら
いつか、なんらかのマンガショーが開けるといいなと思う。
たぶん、かつて4~5歳くらいだったであろう私の夢も、いつか叶えよう。




集英社(マーガレットコミックス)「おまかわ」


栗原まもるブログhttp://ameblo.jp/kurimamo/





中学生の時に買った懐中時計が
修繕してもうんともすんとも言いませんので、
分解して中の機械を取り出しまして~



 



古いアクセサリーを分解して
革ひもと、このような金具を用意しまして~







金属用ボンドでくっつけます。









古道具屋で買った、片方だけだったカフスボタンの軸を
金ノコでギーコギーコと切り落として、ヤスって
中を抜いた空っぽの時計に入れますと~







ホイッ!!

天使の入ったの

かんせ~い!







  ホレッ!!

もひとつ、中のヤツで

かんせ~い!







ついでにっ!!

去年のオトナコドモ展で購入した上泉さん製作の馬の瀬戸物も
革紐を買って金具を自作すると、

かんせ~い!

でもリサイクル品利用せず、一から自分で作ると結構な割高に(泣)。







それでも負けじと、茸光古学展用に!!

台座を金ノコとヤスリで加工して、
樹脂粘土でキノコを作って彩色してニスをかけて
たまご茸と、ムラサキフウセンタケの

かんせ~い!

土が付着している風な部分は珈琲の粉の再利用です。

キノコランプ作家、高野さんの造形力の凄さが
身をもって体験できた良い機会にもなりました。



ループタイ。



おじいちゃんのするアレですね。

現存だと80~90歳くらいの方は、時々まだしてたりします。
しかし今が旬の60~70代の新おじいちゃん世代は
していませんね。

逆にお洒落な若者たちが、Tシャツにだらっと垂らして
ネイティブアクセ風に今物のタイを着こなしてたりしますが、
古いタイをビシッと着ている人はまず見ません。

これはひょっとすると、絶滅危惧種なのでは???
と思いたち、そこかしこで見つけると捕獲保護し
お店で身につけておりましたが
どうせなら自分で作ってみよう!!と
作ってみました。

案外と楽しいものです。


昔々、銀細工職人ヴィクター・シーダースタッフという人がおりました。
彼は乗馬してる時に、帽子の装飾が吹っ飛んで紛失するのが嫌で
その装飾部分をはずして首にかけ馬に乗っていると、

「アレッ?これもしかしてカッコイイかも?いけるんじゃない??」

と思い立ち、金具をつけて「ポーラー・タイ」として
商標登録したのが正式な始まりの
由緒正しき男のアクセだそうです。


カウボーイな紳士なら、これからは断然コレですね。

ループタイ。

・・・恐ろしくダサいのがほとんどなので
まず流行らないと思いますけど(苦笑)。
街で見つけて保護する絶滅阻止遊びはマニアックに楽しめます。


珈琲以外に手を動かすのも、たまにはいいなぁと
改めて思ったループタイ作りでした。




相方であるエスプレッソ担当「くるぶし」の実家は静岡である。
彼女はちょこちょこ実家へ帰ってはいたものの
この仕事を始めてから、私はほぼ静岡へは顔を出せていない。
なんとも冷たい娘婿である。ごめんなさい。


約10年ぶりに帰る家は、ドアが新しくなっていた。

キッチンが素敵だったり、

カプチーノがお洒落になっていた。


カプチーノとは義兄が乗っているスズキのスポーツタイプ軽自動車である。
とても可愛くイカした、ナイススタイルカーなのだ。
もう1998年には生産が終わっているレアな車だ。


妹がバリスタで、兄がカプチーノに乗っている。
偶然とはいえ、なんとも出来すぎな話しだ。
もちろん兄のほうがずっと昔から飽くことなくカプチーノを愛しているので
妹は後発である。


カプチーノは、よりコーヒーに近い色にドレスアップされ
草食系のオールドタイプの面影はなく、
アグレッシブルな黒きユニコーンの如き進化を遂げていた。

くるぶしはこの10年でこのカプチーノに追いつけたのだろうか?


そのくるぶし。実はこの帰郷には顔見せの他に重要な裏目的があった。


遺跡巡りである。


彼女は最近「如何にして最善に生きるか」という問いを
古代の人々の暮らしや意識や表現に見出しはじめ、
特殊な野獣的本能から独自の研究を進めている。


エコでもロハスでも、ナチュラル系でもネイチャー系でもない。


それは全く新しい観点からプリミティブな人と都市、暮らしというものを現代にマッチさせる
部分的ゆるくファジーな原点回帰である。
それを進化と呼ぶかは分からない。
だが、自分として生きる。という深化にはなっているようだ。


彼女は生まれ育った地に、登呂遺跡をはじめとする遺跡群が存在することを思い出し、
そして彼女のバイブルである諸星大二郎氏が著した書物から静岡近郊に残る伝承を紐とき
今回旅に出るに至ったのである。









てなわけで、登呂遺跡。

なんと無料閲覧可能な博物館一階には
贅沢にも、再現された貫頭衣を着用できるコーナーがある。

くるぶし狂喜乱舞である。


弥生は稲作。稲作の象徴の稲穂を手に
左の画像は収穫の喜びを表現してみた。
布は綿で、腰に紐で縛り反物を止めるタイプ。

右は麻である。
少々長めでラインが下にいくに従い広がっている。
たっぷりしていて作業もし易そうだ。
ちょっと格好つけて撮ってみた。
後ろが土器じゃなければ、どこぞのブランドの新作発表のようである。

この時代綿花が盛んに栽培されていたかは疑問であるが
植物の樹皮や、苧麻から、麻素材は取られていたようである。

染めに朱色も用いられ、魔除け的儀式的意味合いからもネックレスなどの装飾品を
身につけていたことから、
案外縄文弥生の人々は現代に負けず劣らずお洒落であったろうと思う。









外にはいくつかの高床式倉庫、ストロー状植物素材を利用した住居が
農耕集落を形成しており、火おこしも体験できる。
くるぶし、非力過ぎてまったく火が起きない。
どうやら将来火おこしは私がやることになるであろう。

素材の違う木を組み合わせることで大概の木材での火起こしが可能だと
職員のオジサンが教えてくれた。


ここでは古代米も栽培され、赤米、黒米、緑米などが稲作されている。

丁度、採れた赤米を、復元した土器で煮詰め試食させて下さった。
口に運ぶ器兼匙は、園内のシイの葉だ。
徹底していて嬉しい。
お味は、少々固いが穀物のふくよかなコクと甘み、それに土器の
スモーキーな風味も加わり、これだけでご馳走である。

職員さんに尋ねると、
稲作とまでいかないまでも、
縄文時代すでに米が食されていた痕跡が近年諸々の発掘調査で見つかっているとのこと。
日本では1万3000年以上の昔から米を食べていたことになる。
う~む興味深い。








そのほかにもいくつかの発見や有益な情報を得、古墳を巡り
歴女ならぬプリミティブ女子、プリ女くるぶしの
帰郷の日は暮れていったのである。







そうそう今回私たちがお邪魔させていただいた
静岡市立登呂博物館http://www.shizuoka-toromuseum.jp/には
素晴らしきミュージアムショップが併設されており
上の画像の登呂博物館、調査用オリジナル手帖などが売っている。
発掘には必須アイテムである。

非常に秀逸なミュージアムショップなので
ご興味がおありの方は、古代に想いを馳せながら、是非お寄り頂きたいものである。



くるぶし。
今回の旅で拍車がついたのか更に深く古代へ邁進没念としているご様子。

そうそうちなみに「くるぶし」
この名前は以前飼っていたウサギに彼女が命名したものを使用している。
期せずしてインディージョーンズの「インディアナ」と同じような由来である。

果たして、くるぶしジョーンズ博士はどこに行きつくのであろうか?

そして、私は次に帰るときは絶対義兄に
カプチーノの助手席に乗せてもらおうと思う。
運転が下手過ぎて車に乗れないが、車は大好きなネジなのであった。

可笑しな二人の珈琲旅はどこまでも続く。














骨董談義をする親とその友達に連れられて、
物心つく前から夜な夜な喫茶店を徘徊する不良幼児だった。

札幌市内にある若いご夫婦の営む茶寮で、
大人たちが黒くて苦い液体をすするのを尻目に、
もちもちぷつりとした白玉とバニラアイスの乗ったクリームぜんざいを
頬張るのが、お決まりのパターンだった。

その喫茶店の本棚に「AKIRA」という漫画があった。
何が書いてあるのかは幼すぎてさっぱり分からなかったが、
描かれている絵の圧倒的世界観に衝撃を受けた。

以来、透明感のある白玉を弄びながら「AKIRA」を開いて、
読むでもなしに鑑賞し大人ぶってみるのが最高の贅沢となった。

今思うと、それが私に刻印された漫画ファーストインプレッションだったのかもしれない。

物心つく前の私の夢は「まんがしょー」という
どういうものかわからない職業だったと、
後に母から聞かされた。

大人になった私はどうやら「まんがしょー」という得体の知れないものにはならなかったが、
不良な珈琲店のマスターにはなった。
もうあの頃の茶寮のご夫婦の歳も越えてしまったかもしれない。

知る人ぞ知るではあるが、ねじまき雲最初期の本棚には「AKIRA」が置いてあった。
メニューには自家製の白玉とアイスを乗せた「クリーム白玉」というのがあった。
幼い頃の体験という沁み込みは、意外と根強い。

さて、時は流れねじまき雲が国分寺で開店すると、新たな出逢いがあった。
国分寺からほど近い鷹の台に

「いずん堂」http://izundou.com/という
開店三年目のまだ新しいカフェがある。

そちらに先日から当店の珈琲豆を卸させていただくご縁をいただいた。

若いご夫婦(といっても私より歳ではある)が営む和風なしつらえのカフェである。
どことなく、あの茶寮に雰囲気が似ているのだ。

そのカフェの奥様は「AKIRA」が好きだと言う。

そしてこのたび「漫画喫茶」展をおこなうと言う。

当店とは距離が近いのでお客様のご紹介もするのだが、
その中に青梅時代からの常連さんで、小径自転車の同人誌を描いている紳士がいる。

その彼、拝御礼さんにご協力してもらい、彼の描く輪行本の新刊販売もすると言う。

「孤独の輪行ー俵山温泉編ー」というタイトルで
舞台は山口県の山の中にある温泉街と、そのほど近くにあるカフェ。
そのカフェは当店が珈琲豆を卸している「ロバの本屋」さんのことである。

これがなかなか面白い。思わず小径自転車を買って旅に出たくなってしまう。

今いずん堂さんは、漫画喫茶展仕様に店内インテリアを変更し、
本棚が置かれ、お客様たちからお気に入りの漫画本が貸し出され
棚に並んでいる。

どういう人たちにこのカフェが愛されているのか分かって、こちらもなかなか面白い。

私ももちろんお気に入りを貸し出し中である。

奥様が「AKIRA」を置いているのでそれではない。


そうそう、こちらのカフェにはクリームぜんざいこそ無いが、
夏の暑さを凌ぐという副題がある展示ゆえ、

8月28日(木)の夕刻、かき氷の提供がある。

こちらも当店に出入りのある若きかき氷ユニット「頂(イタダキ)」による
趣向を凝らしたものらしい。

飛び飛び開催日での、かき氷提供ゆえ、
詳しくはいずん堂さんのブログhttp://izundou.exblog.jp/
ご参照ください。


*当店の参加イベントではございません。いずん堂さんのHPやブログをよくご覧になられて
お出かけくださいますようお願いいたします。




研究熱心な彼らのかき氷を頬張りながら

また「AKIRA」でも読みたいものだ。
 



夏の陽光に照らすと、にぶくメラメラと光る。


マンデリン。


トコロブレンドサマーに使っている。

勝手に夏向きの豆と思っている。

別に、冬にホットで飲んだら、冬は冬で美味しいのだけれど。

やはりこのガッツリとした土臭い苦味。



アイス珈琲にしては

氷にも負けず

水で薄まっても負けず

カフェオレにしては

ミルクパンの熱さにも

冷たいミルクにも負けぬ

丈夫なからだを持ち

甘くはなく

決して怒らず

いつも静かに笑っている

西にロブスタがないと言えば

行って代わりにブレンドの束を担い

東にアイス珈琲を出すイベントあらば

行ってこわがらなくてもいいといい

みんなにでくのぼーと呼ばれ

褒められもせず

苦にもされないが

苦くはある。

そういう豆に、わたしはなりたい。



マンデリンは

宮沢賢治みたいなやつである。



その豆の入ったトコロブレンドサマーを使い、

盟友トコロカフェさんhttp://tocoro-cafe.com/index.htmlが、

初台にある焼き菓子のお店

サンデーベイクショップさんhttp://sundaybakeshop.com/access.html

「木曜日のアイスクリーム祭り」なるものに出張イベントいたします。

私が参加するわけではございませんが、

サンデーさんとは、以前他店にてコラボレーションした

ご縁浅からぬ仲。

トコロカフェさんもまた然り。


実は先週の木曜日もやっておりましたが、

今週木曜日、明日の8月21日が最終でございます。


サンデーさんが焼くクッキーやスコーンは、どっしりと構えながらも独創性に富み、

食べるものを満足させ楽しませてくれます。

それに加え、トコロカフェさんの伝説的アイスが食べれてしまう今イベント。



ご近所の方は暑さ凌ぎにも是非おいでくださいませ。

遠方の方は、この機会に是非。


*当店の参加イベントではございません。両店のHPやブログをよくご覧になられて
お出かけくださいますようお願いいたします。




では、泥臭い私は夏の暑さにおろおろしながら焙煎に向かうといたします。

マンデリンのように、私もなりたい。。。










「なぜあなたは登るのか?」

「そこに山があるから。」



そんなことを言った登山家がいたと聞く。


よくわからないようであって、シンプルだ。

登りたいから登るんだ。



たまには、そういう純粋さで生きてもいいのではないだろうか?

もしかしたら、迷惑をかけるかもしれない。もしかしたら、意味などないのかもしれない。


でも、もしかしたら、楽しいかもしれない。


突き動かされるような衝動の連続が
起こったのなら、

たまには理屈は度外視で、やってみるといい。


どうせならプラスの、もしかしたら にかけてみる。

当然、礼節や、純度の高い探究心が必要だ。


見る人が見れば、それさえも、滑稽なのかもしれない。




ここに、一人の男がいる。


その男は、今日、青梅から国分寺まで

リアカーをひき歩きながら、

シフォンケーキを売りにやってくる。



歩きたいから、歩くんだ。

そこに道があるから。




そしてシフォンケーキを食べたい人たちが国分寺にいる。


食べたいから、彼を待つんだ。


歩きたい彼が、歩く姿を見たいから、応援するんだ。



ひとつひとつの純粋な連鎖が重なるとき、

何が起こるのだろう?


そもそもは、「地域通貨」という地域の試みが、思わぬ形で育んだ

ちょっとした道草なのかもしれない。



でもこれこそが、地域の枠をも越え、何かが動く瞬間。

人の純粋な繋がりの奇跡が産む

軌跡の瞬間なのだと思う。



知りたい。買いたい。食べたい。歩きたい。




だから彼は歩く。



彼の名は、青梅のシフォンケーキ屋「ちゃんちき堂」http://www.chanchikido.jp/

愛車のチキチキ5とともに、もう青梅の秘密工場を出たころだろうか?



私もこうして今、青梅の営業から戻り、ブログを書いている変人だ。


彼が国分寺に入る14時頃には合流し、道案内をする。


特に、私に利があるわけではない。眠いし。明日も早い。


でも、楽しそうだしワクワクする。


なにより、彼のシフォンも、心根も、とびきり、旨い。


それで充分だ。


関わりたくなること。支えたくなるもの。


そういうものは、理屈抜きだ。




一応、通過ポイントとしてご協力くださる


「カフェスロー」さんhttp://www.cafeslow.com/の前に14:30前後到着を目標に


「おたカフェ」さんhttp://www.ota-cafe.com/前を15:00前後


「クルミドコーヒー」さんhttp://kurumed.jp/前に16:00頃終着を予定し


リアカー移動いたします。


国分寺のカフェの懐の深さに感謝いたします。



そして、この企画実現のため動いてくださった

地域通貨「ぶんじ」http://bunji.me/メンバーの方々


積極的に動いてくださった

国分寺バードハウス振興会「空の家」http://www.soranoie.org/Sさま


有り難うございました。




*長距離移動の引き売りにつき、

数量限定のため、売り切れの場合もございます。ご了承ください。


*なお、ねじまき雲は定休日ですので、とくに珈琲を淹れたりはございません。

ただリアカーに付き添っているだけです。


*クルミドコーヒーさんも定休日ですので、ご注意ください。
















ある朝には、鮮やかな花があった。

軒先に添えられた華は、捧げられた異国の祈りのようでもあった。








毎朝、誰に言われるでもなく、母屋の前を掃き清めていた者がある。

ザッ、ザッ、と

石と落ち葉の重なる音が、心も清めてくれていた。








インドの「タンドール」というドラム缶を改造した釜からは

いつも香ばしい炭の音と、美味しさの焼ける薫りが立ち昇っていた。








座る者を 選ばず。

朽ちることを 拒まず。

ただ悠然と、影と光とを、受けている。

自然として自然にある。







型にはまらず、形創ることを、バルフィーというお菓子は整然と教えてくれる。

その佇まい、なんとも潔し。






一環としたもの。それはおのずとそういう姿を成すのだろう。

一本の糸が生まれ、育まれ、営まれ、継がれ、

そうしていつかは土に還り、風と成す。

一は全なり。全は一なり。







布は、どこまでも たおやかに 笑っていた。

纏い、笑え。というように。



真木テキスタイルスタジオhttp://www.itoito.jp/


来年もここで笑えたらと思う。珈琲とともに。


一月には毎年ハギレ市という催し物があるそうだ。

また来よう。





*「真木テキスタイルスタジオ」さんは
通常、工房と、布物を扱うショップとして運営されております。
イベントのときのみ、飲食がある場合がございます。
詳細はHPをご参照のこと。











ネット記事隆盛の昨今。
誰でも手軽にカメラを手にし、パシャパシャと気軽に撮った写真をネットにアップし
カメラマンになれる。
ご近所のあの人もあの人も自分だって、
ネットに記事をあげ、素人だって記者になれる。
そんな時代。

それが悪いと言うのではない。
そう。誰にだってチャンスが生まれ、今までに無い才能が開花する。発掘される。
それを、発見し、応援し、つながり参加することだって出来る。

いい時代になったのだと思う。

しかし本当に人との距離は近まったのだろうか?
希釈され薄まってしまうものは無いだろうか?
何かに踏み込む準備は、礼儀は、どこかに置いてきぼりになっては、
無いだろうか?
ときどき、そんな瞬間を感じることがある。
自分自身にでさえも。。。






紙ものの。
雑誌の編集者になりたい。そのプロとしての仕事を学びたい。
そんなライターの育成学校が東京にあるらしい。

ある日きた、取材。
事細かに段階を踏み、プロよりもプロらしく
距離を縮め取材交渉に挑んでくれた、
年齢も境遇もバラバラの女性たち。

その学校で学ぶ学生だった。

卒業制作に、一冊の本を作ると言う。
売るでも無し。伝えるでも無し。ただ卒業のための一冊。

面白そうなこと、心に届く何かがあるものには、
儲け度外視、がっちり握手。が、ねじまき主義。

デジタルデトックスというデジタルからのスケープを主眼に据えた内容は、
まさに、ネット隆盛の今、独自の視点でそこに一石を投じるものだった。
あえてか、まだ荒削りだからかはわからないが、掘り下げられ過ぎてはいない。
そこがまた心地良い。

ただ、デジタルは頭からダメと言うのではなく。
人と人の紡ぐもの。人と場所の紡ぐもの。場所と場所の紡ぐもの。
リアルで生まれる、形ある温かみ。そういうものは人間的に心地よいと。
ネットワークの本質とは何かを問う一冊。


これから編集の世界を目指そうという者に、未だこのような視点を
持っている芽があり、そして羽ばたいて行くということが嬉しかった。


取材を終え、本は完成し、きっと彼女たちは無事卒業できたことだろう。
ウチも少しは就職のお役に立てただろうか?
季節は流れしばらくして、
取材に来てくれた内一人が、またお店を訪ねて来てくれた。

正直、一番心配だった子。
メンバーで一番若く、声も小さく控えめで、まるで昭和の文学少女のようなおしとやかさ。

彼女は完成した本を携え、挨拶に来てくれたのだ。
当たり前のことではあるのかもしれないが、
今日日最後まで、きっちりしてるなぁと、感心してしまう。

さらに彼女はニッコリ、本を数冊寄贈してくれた。

本を、取材をさせてもらった場所に配ることで、
お店同士の交流が生まれたり
もしくはその場所でその本を見たお客さんが、他のお店にも行って楽しんで
くれると嬉しいと言うのである。

わざわざ本を配って歩くなど、
もう卒業した彼女たちには、何の利益ももたらさぬ、ただ面倒な行為である。

しかし、デジタルもアナログも関係なく、


ここにこそ「人間らしさの根っこ」が、あるような気がした。


彼女は、インドア派に見えて実はアウトドア派だったと言う
衝撃の事実とともに、就職が決まったと報告してくれた。
希望の、山関係の編集社だと言う。

その日も彼女は「これから雲取山に登りに行きます。」と
やはり控えめがちな声ながらも、ニッコリと力強い眼差しで、
よく「山小屋みたい」と言われる珈琲店を後にした。


「皆、いろいろと、行ってらっしゃい。この先も、お気をつけて。」


私は、いい山小屋のオヤジであれたかな?




もはや、卒業のためでも、就職のためでも、販売目的でも無く
何の制約なしに伝えるもののこめられた
ただただクオリティーの高いフリーペーパーのような存在になった
彼女たちの作品は

いま、ねじまき雲の本棚でご覧いただくことができます。

お分けくださった本のほぼ全ては、すでに旅立っていってしまいましたが
あと二冊だけ、お渡しできる枚数がありますので
ご希望の方は、ご来店の際お申し出くだされば、
お分けいたします。

たとえ無くなっていたとしても、当店には一冊ずっと置いておきますので
いつでもご覧ください。


希釈し薄まるのではなく
咀嚼し深まる味わいへ。
残し残さず旅立つ広がりへ。

デジタルデトックス

手に触れ目に触れ、

知るきっかけを、      ありがとう。

















    やわらかな  手のひらで   けんめいに   けんめいに



           押し上げる    めぶき 




















その足は     踏み出すのか、    去るのか、



      どちらも      いっぽ 。





















  ひとしれず  ひかりへ



      ひとしれず  のび     



              ひとしれず  はなをつける




だれも  見ずとも  言わずとも   そうしたいから   そうするだけ   。。。



















    とらえたのか      とらわれたのか     見方によって変わるけど



                   残されたのは     



                 ただ       透明








c a l e n d a r
10 2017/11 12
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 11
12 13 14 15 16 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30
p r o f i l e
HN:
ネジ
年齢:
40
HP:
性別:
男性
誕生日:
1977/03/05
職業:
自家焙煎珈琲店
趣味:
写真・自転車
自己紹介:
nejimakigumoをフォローしましょう
ブログ内検索
c o u n t
忍者アナライズ
忍者ブログ [PR]